top of page


2025年活動のふりかえり
2025年は、ご縁いただきイベント出店を13回経験させていただきました。 なかなか赤ちゃんに会えないのがジレンマで、ハグモミグッズとして、手作りのワークショップで出会いを求めたバージョンもあります。 たくさんの子どもたちに体験してもらうことはできたけど、なんだかブレていく感じもあって、たくさんの材料や作品はあるけど、こちらはフェードアウトしようと思います。 お招きいただいた抱っこやおんぶの講座は8回でした。 ただの赤ちゃん好きな無名のわたしを起用してくださってありがたい限りでした。 助産院の産後ケア事業で、あかちゃんと接する時間もいただきました。 個人的事情で12月末で職を離れましたが、そこで感じた子育ての数十年での常識の変化に心を揺さぶられつつ、赤ちゃんの成長をみることができてありがたかったです。 おんぶが廃れた原因を深堀すればきりがないけど、体験で得られる知恵は大切にしたいものです。 10年前に比べたら、抱っこやおんぶの問題ややり方について発信する人ははるかに増えました。いまや、ママたちのニーズは自分の体のつらさをどうとるか、
純子 加地
1月5日読了時間: 2分


国が誘導する赤ちゃん政策の限界と弊害
乳幼児全戸訪問=赤ちゃん訪問で知られている家庭訪問の事業を国がやっていることは、子育て経験者ならみなさんご承知だと思います。 それを一生懸命されている人達の存在を否定するわけではないけど、私自身はあまり印象には残っていないです。小手先って感じ💦 なぜなら、その人たちは仕事で来ているだけであって、その後の関係性に影響はなく、子どもの名前すらすぐ忘れてしまうに違いないから。 訪問で行うこともマニュアル化してあり、時間がきたらきりあげる、、、公平性の名のもとに、深入りすることは許されない人たち。 助産師資格をもつ知り合いが、赤ちゃん訪問のスタッフにエントリーされたことがあるけど、やることの内容をきいて自分らしく親子さんに寄り添うのはNGだとわかって苦しくなってやめられました。 心から赤ちゃん親子を助けようと訪問してくれる人はありがたいけどね、そういうことがしづらくなった世の中です。長屋みたいな時代はそれがあったんだろうと思います。 わたしは、隣の20歳くらい年上の奥さんが、乳児湿疹のわが子の顔をみて、「うちもそんなかったよ」「きれいになるよ」と言って
純子 加地
2025年2月3日読了時間: 2分


背中ややかため、お姉さん座りのくせがある赤ちゃんとマッサージ
こちらのイベントに出店しました。 今日出会ったあかちゃんは、広島でも「同じタイプの子いたな~」っていう感じ。 10か月の女の子。あまりはいはいせずに、歩き始めたという発達が早いあかちゃんでした。様子を見ながら質問したところ、「お姉さん座り」「背中の反り返り」のくせがあるということでした。 表情が豊かで、初対面のわたしが抱っこしてもいやがることもなく、抱かれてにこにこ。めちゃくちゃかわいい子です。 ママが送ってくださった画像です。 その方は外国製の抱っこひもを利用されていました。デザインは、おしゃれなのですが、入っているときの赤ちゃんの姿勢は、背中をそらせてしまう形なのです。 長身で骨格ががっちりしている外国人にはいいかもしれないけど、日本人のきゃしゃな体型だとフィットしづらいです。 お母さんの腰にも負担がかかっていて、調整しても限界がありましたね。 これはいつも感じるジレンマです ほんの5分ほぐしただけですが、すてきなはいはいの姿勢を見せてくれて、お座りの姿があぐらに変化。 そして、あかちゃんは私を見て、にっこり。 「💖ラクになってうれしい
純子 加地
2025年1月22日読了時間: 2分


沖縄で抱っことおんぶレッスンを始めたきっかけ
わたしを沖縄に導いてくれた仲間のひとりが言いました。 「じゅんこさん、もうあかちゃんのことはしないのですか?」 そのときに出た言い訳は・・・「こっちには私を知る人はいないし、あかちゃんのいる家庭の人と知り合うきっかけがないからね~」 ...
純子 加地
2025年1月11日読了時間: 1分


1970年代の抱っことおんぶ
わたしは、5歳下の弟の赤ちゃん時代をうっすら記憶しています。 針金製の放射状のハンガーに布おむつが干してあった風景とか、離乳食を手づかみで食べていた姿とか、猛スピードではいはいしていた姿とかよみがえります。 移動するときは、素手のだっこか、箱形の乳母車(うばぐるま)に乗せられていました。いまのコンパクトなベビーカーからは想像がつかないでしょう。大きな箱の下に台車がつき、箱の中にはふかふかの布、持ち手がついているイメージです。バスや車にそれを乗せるのは無理なので、近所を歩くときくらいしか使っていなかったと思います。 (画像は雨降りの日にビニールかけておんぶで孫を保育園に送りにいったときのもの) 母がちょっと用事をするときは、おんぶされていました。当時はそれが当たり前でした。昔のニュースで町の画像を映していたものでも、おんぶの風景でした。おにいちゃんやおねえちゃんにおんぶされている子もいました。 そのころはアトピーの子なんてめったにいなかったです。
純子 加地
2024年11月20日読了時間: 1分


暮らし方と体幹の発達
戦前の日本人は鋼のような軸をもっていたときいたことがあります。 正座のための立ち座りの動作、しゃがんだ姿勢で洗濯・火起こし・農作業、這い這いの姿勢で床のふきそうじ、腹筋と背筋を使うふとんの出し入れ、下駄やぞうりの「はなお」を足指ではさみながら歩くこと、和式トイレで用を足す...
純子 加地
2024年11月20日読了時間: 2分


自己紹介です
わたしは、広島で、13年間乳幼児の親子のひろばをつくって活動しました。 そのころは、不特定多数の親子と関わりました。 人間関係の希薄化に悩み、みんなで育てるとはどうすればいいのか?と自問自答していました。 2014年秋「抱っこひもからの転落事故117件」が報道されたことをうけた緊急集会(東京)に参加したことがきっかけで、昔ながらのだっこやおんぶの方法をわたしなりに伝えたいな~と思うようになりました。 2015年から9年間、ヘナの美容室をひらき、キッズスペースでコツコツと抱っこやおんぶを伝え、ベビーマッサージやヘッドスパの経験を積ませてもらいました。 その間、人生を変える出会いがありました。(おはなし会の講師の方です)サロンの常連さんだった方が、子どものためにその方から学びはじめ、数年前に沖縄に移住されました。 わたしもそのママさんの影響でその方から学ぶようになり、この世の真実を知り、自分の心の問題とも向き合うようになりました。 わたしは、我慢は美徳だと思ってきたし、世の中の常識や人に合わせていろいろ無理してきたんだな~と少しずつわかるように
純子 加地
2024年11月19日読了時間: 3分


背中がかたくて、はいはいしない子
(画像はタイトルとは無関係です) はいはいをあまりしないという赤ちゃんのお座りのしかたが、とても不思議な雰囲気だったことに、わたしはモヤッとした記憶があります。 柔軟に動く背骨のおかげで、バランスをとりやすかったり、衝撃を逃がすことができたりすると思うのですが、いきなり勢い...
純子 加地
2024年11月16日読了時間: 2分


京都の学び
2014年の東京での緊急集会で、20年くらい抱っこやおんぶを追求した京都府宇治市の支援者さんに出会いました。 迫きよみさんという方です。業界では有名な方です。 彼女にお願いして、その2.3週間後、京都で3日間集中的に抱っこやおんぶ、一本ひもやスリング、へこおびの扱い方など...
純子 加地
2024年10月24日読了時間: 1分


1990年代、わたしの抱っことおんぶ
わたしが子育てした時代は1990年代。新生児のころはおくるみにくるんで抱っこ。3か月くらいまではお家で過ごすことを基本にしたほうがいいと教わり、首もすわらない赤ちゃんを連れて出かけることはありませんでした。 はじめは横抱きで、少し体がしっかりしてきたら縦抱きを喜ぶようにな...
純子 加地
2024年10月24日読了時間: 1分


東京での「抱っことおんぶを語る会」緊急集会
平成26年(2014年)10月のことでした。赤ちゃんの発達の違和感が、わたしの個人的なものではなく、全国的なものだと知ることになりました。 きっかけは「抱っこ紐からの転落事故117件」という報道でした。それを受けて、抱っこ紐などを含めた育児の便利グッズが、使用する人の油断...
純子 加地
2024年10月24日読了時間: 1分


赤ちゃんの発達に「あら?」と思ったこと
わたしは、子育て支援施設で2002年から13年間働きました。 専業主婦率がどんどんさがり、育休中の利用者さんや就活に熱心なママが増えていく時代でした。 10年くらい経ったころでしょうか?赤ちゃんだけが集まる日を設けて交流していたときに、ふとおかしいなと思うことが時々ありま...
純子 加地
2024年10月24日読了時間: 1分


親になるとぶつかる壁
わたしは、子育てするまでは人生は順調そのものに見えました。 「いい子」として育てられたわたしは、子育てにおいては、予測不可能、感情が揺さぶられる経験で大きな挫折感を味わいました。 正解を意識しすぎて、いつも自分にダメ出しして、自分でストレスをつくる思考回路になっていたからだと思います。楽しむ余裕なんてなかったです。「もっと早く~ができるように、もっとうまく~できるように」とゴール設定を勝手にしていつもイライラ。 よく自爆して自己嫌悪に陥っていました。これこそが、「いい子」が親になったときにぶつかる壁です。 子育てがつらかったことで、もっとつらい人を支えたいと無意識に思ったから、その先で、わたしは子育て支援するようになったのでしょう。 そこでは、「いい子」だからぶつかる壁に苦しむ親、ちょっと気晴らしする親たちとたくさん出会いました。スタッフも同じような感じで、わたしの鏡だったと思っています。子どもに小手先でよりそえても、大枠では子どもの気持ちを大事にしきれない社会の仕組みの壁の中で、あきらめるか、もがくかはそれぞれだったと思います。 ...
純子 加地
2024年10月19日読了時間: 2分
bottom of page

